日本の「空飛ぶクルマ」の最先端をゆく朝日航洋(後編)

図:朝日航洋の描くエアモビリティの将来イメージ

 これまで想像の世界でしかなかった次世代モビリティの一つ“空飛ぶクルマ”は、今や数年以内に商用化される段階にまで来ている。本記事は、空飛ぶクルマの市場概要と朝日航洋株式会社(以下、朝日航洋)における空飛ぶクルマプロジェクトにかける思いを、2回に分けてお届けする(後編)。(前編はこちら

 後編では、朝日航洋と空飛ぶクルマの取り組みについて紐解いてみる。今回は、専門部署として朝日航洋社内に設置されたエアモビリティ事業部の、スタートアップメンバーのお二方に詳しくお話しを伺っていく。


(左) 朝日航洋株式会社 航空事業本部 エアモビリティ事業部部長 大森 康至 氏             
(右) 朝日航洋株式会社 航空事業本部 エアモビリティ事業部 技術グループ テクニカルディレクター 鈴木 英夫 氏


1.空飛ぶクルマの未来像と朝日航洋のポジショニング

(ア) 朝日航洋の新領域ビジネスへのチャレンジと、目指す業界の姿への道のり

 朝日航洋は旅客輸送と物資輸送の両方を行っている数少ない企業の一つであり、航空測量事業者としての認知度も高い。これまで航空事業・空間情報事業の二本柱で事業展開してきたが、「空飛ぶクルマ」ビジネスを見据えて、エアモビリティ事業部を2017年に発足した。
 当時、この部署はたった2名(大森氏と鈴木氏)でスタートしたが、兼務を含め現在は20名を超える部署となった。

図1:朝日航洋の事業イメージ(提供:朝日航洋)

 空飛ぶクルマの目指す最終形は、オンデマンドで人を乗せて運ぶ“エアタクシー(空のタクシー)”であり、朝日航洋がその業界トップに立つことが目標、と大森氏は言う。
 朝日航洋の一番の強みは、ヘリコプターでの実績を踏まえ、運航・整備・訓練等、自社事業を全て内製で行える体制を持っていることだ。自社保有航空機が60機以上あり、また自社が扱える場外離着陸場は現在500か所以上にも上る。法的課題はあるものの、潜在的な市場として都市部におけるランデブーポイント(ドクターヘリと救急車が合流する場所)なども視野に入れると、今後Vポート(eVTOLの離着陸場)の数も増えていく見込みであり、eVTOLの国内市場は今後大きな可能性を秘めている。

2.空飛ぶクルマの運航数を拡大する為に必要なⅤポートの設置

 eVTOLを運航する上で必要になるのが、Vポート(またはバーティポート)と呼ばれる離着陸場である。この設置数をどうやって伸ばすかは、朝日航洋の技術力が多いに試される場面だ。この具体的なやり方と苦労された点など鈴木氏を中心にお話しを伺う。

(ア) Vポートの設置に必要な測量技術
 現行、有人ヘリ用の安全進入距離シミュレーションでは約250m必要だが、eVTOLに必要なのは現時点想定では1,220mである。従来の航空測量の場合、最初に現地に赴き簡易測量を行いその後データとの整合性を確認する、というスタイルが通例だった。しかし、この現地測量作業を事前情報なしで1,220mの範囲を行うのは現実的ではない。

図2:進入表面及び転移表面の立体図・国土交通省航空局資料より

 現在は限りなく現況に近いデジタルツインやPLATEAUのデータが普及してきており、さらに点群データがあれば自然地形の表層や樹木も含めて全部事前に簡単に把握できるようになった。これらの評価情報を元にⅤポートの条件に適合した候補箇所を選定し、事前シミュレーションが容易に実施することが可能となったことで、現場担当者からも好評の声をいただいたという。

図3:PLATEAUを活用した進入表面のシミュレーション(提供:朝日航洋)

(イ) 現況とのデータ差異の対処法
 都市部と山間部では障害物そのものが異なる。山間部では有事以外では急激な変化はないと思われる地形や森林、都市部ではビルの解体・再建によるもの等が挙げられる。 
 事前シミュレーションに用いるPLATEAU等のデータは、数年に一度程度の更新頻度の為、現況と異なる可能性が高い。

図4:自社撮影データをもとに行った進入表面の干渉物測定(提供:朝日航洋)

 データと現況との差分については悩みどころではあるが、自社で対応できることを都度模索しているという。独自にドローンを飛ばし、Vポートの候補地付近の障害物などの体積情報を取得して衝突箇所をシミュレーションし、ある程度データ補正は行うことができる。また、木材を伐採するとなると材積保障(伐採対象となる木材の体積に応じた補償)にも対応が必要だ。かつては人が現地に赴き木々の一本一本を調査していたが、事前シミュレーションすることによって樹種推定や衝突率等も含めある程度概算補償額が算定できる為、地権者との交渉も円滑に進む。予算効率・業務効率としても地理空間情報の利用はかなり効果が高い。このような情報はもっと様々な人に活用して欲しいと鈴木氏は言う。

(ウ) 安全・危険領域の可視化
 障害物の情報だけではなく、実際に確保・回避すべき空間を計算する必要がある。計算は出来ても、今までは可視化するのが非常に困難であった。朝日航洋では独自の技術を活かし、3D化された現況データに安全・危険領域のデータを重ね合わせて、実際にVTORLを低空飛行しているイメージでシミュレーションを行う。

図5:VTOLで低空飛行した際の制限領域シミュレーション(提供:朝日航洋)

 このシミュレーションを行うことで、Vポートの設置だけではなく航路選定や(物流の場合は)積載ポイントの検討に役立てることが出来る。朝日航洋では主にこのような分野でのコンサルティングサービスを担うのが主流となる見込みだ。

3.この仕事を続ける理由

 「空飛ぶクルマ」を実現する為には様々なハードルをクリアしなければならない。しかし今回お二人は笑顔で楽しそうにお話しされており、それは一体何から、どこからきているのか最後にお伺いした。

写真:笑顔でお話しされる大森氏(左)と鈴木氏(右)

<鈴木氏>
 私が会社に入った30年ほど前は、自社内のムードとして『測量×ヘリコプター=何かをやってやろう』という時代だった。当時最先端であったハイビジョンカメラの出始めの頃、ヘリコプターに搭載して送電線の点検を自動追尾できるよう、自分達でセンサー部品を選定して、制御ソフトウェアを作ってシステムを組み上げるというスピリッツがあった。現代であれば、非効率が故に一から考えて開発したりせず、アウトソーシングしてしまうだろう。
 かつて我が社では自分達(内製)で作り上げるという情熱を持った人が多かったものの、時代と共にそのマインドを持ち続けている社員も限られてきた。ただこの精神を引き継いだ社員たちが、「飛ぶ」技術と「測る」技術をシームレスに結び付け新たな何かを生み出す、というのが、未だ続くわが社ならではの強みだと認識しており、これが自分の励みにもなっている。未知のことを自分達でトライできる環境、悩んだときには他のチームも一緒に悩んでくれる、そして新しい何かを生み出す。これが楽しいので、この仕事がやめられない。

<大森氏>
 やはり、基本的に空に関わる仕事が好きだから、ですかね。かつて政府系や研究機関などに対し地図の測量や営業をしていた頃、最先端の研究や技術に触れる機会が多かった。当時比較的早い段階から自社でもレーザー測量などを取り入れていたが、新しい技術を早期に着手・導入することは他社との差別化を図る上でも優位性が高く、「飛ぶ」技術と「測る」技術をうまく組み合わせれば面白いことが出来る可能性を強く感じた。我が社は戦後ANAと近い時期にヘリコプターでの事業を開始している。当社はヘリコプターの会社、ANAはエアラインで大成長した。エアモビリティ事業部は当初ドローンビジネスから始まったが、今は空飛ぶクルマが中心であり、今後は無人機(無操縦者航空機)化へとシフトすると考えている。
 これまでの「ドクターヘリの朝日航洋」というイメージから、我が社が新たなエアモビリティのブランドスタイルを確立できればと思う。「人がやっていないことをやってみよう」。業界の先駆的な立ち位置にいることで、自ずと業界の舵を握り牽引することができ仲間も増えていく、という点でこの仕事の面白みを強く感じている。

4.取材を終えて

 今後eVTOLが日本に普及した場合、実際にはどれくらいの市場規模を推測することができるのか、現時点ではまだその姿は見えていない。しかし、朝日航洋の方の目線=最先端の立ち位置での目線で、具体的な社会実装のイメージを元にたくさんの可能性が広がっていく。 
 すぐそこに実現してしまいそうなワクワクする話がたくさんあったが、詳細は本記事では全てをお伝えしきれないことを何卒ご容赦いただきたい。 

 今回のインタビューは、朝日航洋の地道なチャレンジと、夢を実現するエネルギッシュな企業マインドを感じ得るものであり、社会に役立つ仕事を“楽しく”いきいきと取り組んでいるお二方であったことが印象的であった。
 空飛ぶクルマの社会実装については、eVTOLのメーカーの機体開発と日本国内の法整備の動向を窺いつつ、今後の朝日航洋の挑戦と情熱に期待したい。

■朝日航洋「空飛ぶクルマ」に関するお問い合わせ
 https://www.aeroasahi.co.jp/contact/ *番号「2」をご選択ください。

■取材・編集
 G空間情報センター 保坂志保

(2025年6月 メールマガジン掲載)

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