学生の成長を支える地域連携プロジェクト ―UDC2024受賞を通じて見えたシビックテック実践研究の価値―


名古屋工業大学 情報工学類 知能情報分野 教授
白松 俊

 アーバンデータチャレンジ(UDC)2024のビジネス・プロフェッショナル部門において、当研究室から2つのプロジェクトがファイナリストに選出され、賞を頂きました。当研究室では、市民参加型の合意形成支援や地域課題解決を目的としたAIシステムの研究開発を行っており、今回の複数受賞は継続的なシビックテック研究の成果と考えています。

最優秀賞「SAGAスマート街なかプロジェクトの議論支援システム群」:
 佐賀市との連携で、議論構造化システム・意見収集ボット・議論シミュレーター・アイデア発想支援エージェントの4つのAIシステムを統合し、実際の市民ワークショップで効果を検証しました。佐賀出身の牟田君がプレゼンを担当しました。
優秀賞「AIを活用した地域資源の発掘と地域助け合いネットワークの構築」:
 NPO法人ボラみみより情報局との連携により、坂井君が中心となって困窮者支援を行う団体や個人の情報をWebからAIで探索するシステムを開発しました。

1.UDC応募の背景とシビックテック研究への取り組み
 今回の複数受賞の背景には、当研究室が継続的に取り組んでいるシビックテック研究があります。シビックテックとは、市民(Civic)と技術(Technology)を組み合わせた造語で、市民・行政・IT技術者等の多様なステークホルダーが連携し、ITを活用して地域課題の解決を目指す取り組みです。当研究室では特に、単なる技術開発にとどまらず、実際の地域課題に対して市民や行政と協働しながら社会実装まで見据えた研究を行っています。
 我々は名古屋市や愛知県、佐賀市などの自治体と長期的な協力関係を築き、学生たちが実際の地域課題に向き合える環境を整えようとしています。私は常々、単なる情報工学の基礎研究だけでなく、シビックテックや合意形成といった実社会に密着した応用研究に取り組むことが学生のその後の人生にとってずっと良いと考えてきました。なぜなら、実社会の複雑な課題に向き合うことで、技術的なスキルだけでなく、実社会の問題解決に寄与するシステム開発の機微や、社会への貢献意識を総合的に育むことができるからです。しかし、その価値が学生に実感してもらえているのかという懸念もありました。

2.学生の予想以上の成長
 今回のUDCへの応募は、実は私が学生に事前相談なく決めたものでした。突然の発表依頼に戸惑いながらも、研究歴2-3年の学部4年生・修士1年生を中心とした学生たちは研究発表とは異なるピッチ形式に適応し、「聴衆に合わせた話し方を学べた」と前向きに捉えてくれました。
 特に印象的だったのは、坂井君の「学会発表とは聴衆のスタイルが違って、まず聞いてもらわないといけない。その違いを初めて実感できた」という言葉です。このような気づきこそが、実社会での発信力を身につける貴重な経験となるはずです。
 佐賀出身の牟田君は「地元に関連するプロジェクトに携わるのは面白かった。プロジェクト自体に愛着が湧いた」と語っており、地域との関わりが学習意欲の向上にも繋がっていることが分かりました。近年、学生の積極性の低下が教育現場で課題となっていますが、リアルな社会課題への取り組みが学生の主体性を引き出す効果的な手法となる可能性を感じています。

3.地域連携活動の継続的実践と社会実装成果
 当研究室では、地域のオープンデータを活用し、市民との協働による社会実装まで見据えたシビックテック的な研究開発を行っています。名古屋市中区での福祉ネットワーク構築、佐賀市での市民参加型議論支援など、複数の自治体との連携が学生の研究・学習の基盤となっています。
 この「シビックテック×研究」というアプローチにより、学生たちは技術開発にとどまらず、社会課題の理解・ステークホルダーとの対話・実証実験を経て社会課題解決に至るまでのすべての作業フェーズを経験できる可能性があります。「実際の参加者から『すごい』『面白い』と言ってもらえて良かった」と手応えを語った学生もおり、技術者としての自信にも繋がったようです。社会実装に向けて具体的な成果も上がりつつあり、研究が社会に与える影響を学生自身が実感するきっかけにもなっているようです。
 また、今回の受賞をきっかけに学生と対話したことで、私自身にも発見がありました。学生たちが地域連携プロジェクトを通じて得た経験を、予想以上にポジティブに捉えていることが確認できました。学生の「先生が背中を押してくれて良かった」「実際にこの人とこの人が繋がったというのを自分の目で見て体験していきたい」という反応を聞き、「シビックテック×研究」というアプローチの教育的価値を改めて実感しました。

4.複数受賞の要因と研究環境整備への取り組み
 今回の複数受賞の要因として、長年にわたる地域ステークホルダーとの関係性構築が大きな役割を果たしたと考えています。自治体やNPOとの信頼関係を築くには時間がかかり、定期的な対話や成果の共有、時には期待に応えられない場面での調整など、研究以外の多くの段取りが必要でした。
 特に苦労したのは、学術的な成果と実社会での価値の両立です。研究としての新規性や技術的貢献を追求しながら、同時に地域の実際のニーズに応える必要があります。また、学生の研究スケジュールと地域の活動タイミングを調整することも常に課題でした。
 しかし、これらの努力があってこそ、学生たちが実際の社会課題に触れ、多様なステークホルダーと対話する機会を提供できています。単発のプロジェクトではなく、継続的な関係性の中で研究を進めることで、より深い学びと確実な社会実装が可能になると考えています。

5.今後の展望
 学生たちは次年度も地域連携プロジェクトへの継続参加を表明しており、LODチャレンジなど他のコンテストへの挑戦意欲も示しています。私としては、この経験を通じて学生たちにシビックテック研究の価値をもっと積極的に語り、良い経験をしていると実感しながら研究を楽しんでもらえればと考えています。
 今後は、他の研究分野との連携も積極的に進めていく必要がありそうです。特に、社会学や政策学の研究者との協働により、技術的解決策と社会制度の両面からアプローチする学際的な研究を展開していく予定です。また、他大学や他地域での同様の取り組みとのネットワーク構築も進め、シビックテック研究の知見を広く共有していきたいと考えています。
 地域課題解決という社会的意義と、学生の成長という教育的価値を両立させる実践的研究環境こそが、今後の情報工学教育においても重要な要素になるだろうと感じており、このアプローチを継続・発展させていく所存です。

■お問い合わせ・ご連絡先
名古屋工業大学 白松研究室 研究室Webサイト: http://www.srmt.nitech.ac.jp/
受賞プロジェクト詳細
•SAGAスマート街なかプロジェクトの議論支援システム群を使ったワークショップ報告記事(SAGA SMART MACHINAKA LAB):https://smart.saga.jp/2024/12/1757/
•AIを活用した地域資源の発掘と地域助け合いネットワークの構築掲載記事(中日新聞):https://www.chunichi.co.jp/article/906546

(2025年8月 ニュースレター掲載)

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