KDDI「まるわかり!ロケーションテック」の制作者に聞く、業界への思いと出版の背景

 既に手に取っている方も多いと思うが、KDDIが制作した「まるわかり!ロケーションテック」という書籍をご存じだろうか。恐らく業界としては初ではないかと思われる、今まであまり知られていなかった業種(飲食や金融、広告など)における位置情報サービス利用を紹介した本である。今回は、この制作に携わったKDDIのご担当吉村氏と樋田氏に出版にまつわる舞台裏を伺った。

Q:本を手にするきっかけは書籍のタイトルも大いに影響すると思うが「ロケーションテック」にしたのは何か思いはあるのか?

吉村:昨今流行った「X-tech(クロステック)」・・・例えばフィンテックや、ブロックテックなど、この流れで一つの○○テックとして成立させたいという思いで、ロケーションテックとしました。
樋田:KDDIサービスの物売りがしたいということではなく、この本を読んでもらって一緒にビジネスを作る、または、もっと大きな取り組みにしたい、という思いがあります。一つの市場として確立したい、そういう思いを込めて、「ロケーションテック」という名前を入れました。

Q:この書籍はどのような背景で制作されたものなのか、教えていただきたい。

 吉村:もともと位置情報サービスで事例を作っていた経緯があります。ホワイトペーパーもしくは導入事例集ということで、自社の位置情報サービスをご利用いただいているお客様から伺ったお話をもとに、事例資料やWebサイトに掲載し、紹介しておりました。これからご利用頂くお客様にとってみれば、具体的に活用しているシーンを提供しないと有用性を感じていただけないケースが多い為、このような導入事例集は重要なものでした。
 位置情報は、様々な業界でいろいろな使い方ができると思っています。 ですが“事例を公開する“ということは自社のノウハウを一般に公開するということでもあり、なかなか前向きな返事がもらえませんでした。とはいえ、この本の企画段階では、100を超えるお客様に導入実績があり、多くの方に様々な業界で活用いただいているという実態もありました。これらを「本」という形にすると、どのような形で地理空間情報を有効活用しているかをお客様ご自身に伝えていただき、「私ここに載っています、こういう風にやっています」というように、お客様が自社の成果としてアピールすることができるのであれば、ご協力賜れるのではないかと思い、今回のこの企画を出版社に相談しました。

 出版までの道のりは容易なものではありませんでした。私共としてもそれなりに一定の成果を上げる需要の見込みがある、即ち世の中の流れとして必要とされつつあるもので、既に使っていただいているお客様だけではなく自治体や企業など、より多くの方々に位置情報サービスを使っていただきたいという思いを出版社側に伝え続けました。またこの企画を実現させる為に色々なお客様に相談しご協力いただけたことも、この本の出版にこぎ着けることが出来た大きな理由の一つだと思っています。

Q:KDDIのロケーションサービスについて、この本の中で紹介されているのであれば教えていただきたい。

 吉村:この本にも載っているのですが、当社のロケーションアナライザーとロケーションデータ以外にLocation Trendsというレポーティングサービスがあります。こちらは総務省のテレワークデイに採用いただいた事例が掲載されています。「モビリティ可視化レポート」は本の最後の方に、位置情報とユーザのモビリティデータを掛け合わせ人流だけではなくどのような移動手段で目的地まで行ったのか、ということがわかるサービスの事例として掲載しています。

 この他、オルタナティブデータを使ったナウキャスト社の事例(金融業界)についても掲載されています。KDDIのサービスを前面に押し出すつもりはなく、あくまでもお客様の事例がメインということです。一応KDDIのコマーシャルページも入れておりますが(樋田さんどこでしたでしょうか?・・・と吉村氏)、あ、P52ですね。ここで自社サービスについてはまとめて紹介しています。

Q:自社の事例(=ノウハウ)を出したくない、というクライアントへの説得・交渉は大変だったと思うが、事例を出す→本を出すということでどのように変わったのか?

 吉村:「本を出す」となってからお客様の反応が変わりました。ギリギリまでOKだったのに直前でNGとなったり、またその逆のケースで掲載されている事例もあります。既にこの本をお読みになっている方はお気づきかと思うのですが、お客様ごとに記事のスタイルも異なっており、実際の位置情報サービス以外の写真が多めに掲載されているページもあります。これによりお客様が自社の取り組みをPRする良い機会であったのではないかと思います。

Q:なぜムック本なのか?どういった読者をターゲットにしたのか?

 吉村:2019年時点のこの本の制作企画段階では、位置情報サービスについては他のキャリアをはじめ、既に新しいものに感度が高く積極的に取り入れようとする人たち(いわゆる技術者や研究者などのイノベーター層)に浸透していました。書籍のタイトルが「ロケーションテック」となっていますが、イノベーター層が一巡していたこともあり、アーリーアダプター層やその次の層へのアプローチが必要だと考えました。この書籍が発売された段階(2022年春)では、既にアーリーアダプター層も一巡している状況でしたので、次に続く人たち層が対象となります。このユーザ層まで来ると文字だけでは読んではもらえない人達ではないかという考えに至り、彼らの認知をより深いものにする為には、写真やイメージなどを豊富に盛り込んだ“ムック本”というスタイルを選択したことが必然だったように思います。

Q:「次に続く人たち層」とは具体的にどのような人たちを指すのか?

 吉村:ビジネス業界においてGISソフトを使っている方々は、ある種“先進的”な部類に入ると思っています。しかしGISは使用せずとも、エクセル等で予測をたてている方々は一定数存在しており、GISの必要性を感じていない方もまだまだ多いと思っています。ここにキャズム(深く大きな溝)があると感じました。

 GISツールの導入はハードルが高いところがあり、技術的分野に対する理解が進みにくい場合があること、また組織内での有用性の理解が無いと、導入までの道のりが程遠くなってしまいます。このハードルは地理空間情報を扱う方にとって必ず超えなければならないものです。しかし「人流」という切り口であれば、この本にあるとおりかなり手軽に導入しやすいものとして捉えることが可能となります。
 たとえ資金力があっても、人流分野に対する投資の必要性を感じていただけない方も多いのではないかと思いますが、「人流」というキーワードは世の中的にも多用されているので、この分野への参入のきっかけとしては十分だと思いました。


 樋田:今回(書籍)制作の際に気づいた点として、自治体毎に認知度の幅が大きいということが一つ挙げられます。ある自治体の観光課の担当者はとても(KDDIの)サービスを気に入っていただき積極的に取り入れたい、と考えてくださいましたが、別の自治体の観光課の担当者はロケーションサービスに全くピンと来ていない様子でした。このように組織・会社によってリテラシーが様々であることに気づかされました。

 このようなケースは自治体ばかりではなく、別の業種でも似た傾向がありました。例えばファストフード飲食業界では、A社は位置情報サービスを積極的に取り入れようとされているが、B社は検討しているが導入が難しく、C社はピンと来てない(イメージがない)、といった状況です。これはどの業界においてもリテラシーの違いが一定量あるということです。先進的に使っていただいているお客様がいる一方、あまりご利用いただけていないお客様もいます。その大抵は「活用イメージが湧かない」、「既に必要なものは足りている」などのご意見が多く見受けられました。

 先進的なお客様がどのようにロケーションテックをご活用いただいているかという事例を具体的にイメージしていただき、ある種の危機感の醸成・喚起としても、この本が役立っているのかな、と感じています。

 吉村:自治体の例についてもう少しお話しをさせていただきます。横(隣り)の自治体が導入しているが、自分の自治体では使っていないんだ・・・、世間的にはロケーションデータを使っているのに自分の自治体では使っていないんだ・・・と気になるようです。一番に取り入れたい(飛び込みたい)とは思わないが、遅れを取るのも気になる。
 こういったシチュエーションは比較的多く、このような心理が働く日本人には多いようで、この地理空間情報市場では大変重要だと思っています(笑)。私共は、この市場を啓蒙するPRをやっていきたいとも考えているので、その役割を私共は少しでも担えているのではないかと感じています。

 このユーザ層は、最近のDXというキーワードで動いている方々であることが多く、ある一定のミッションが課せられている方々でもあります。まずは情報を集めるとか、データで何か分析を行う際に「じゃぁ人流を使ってみようか」かなど、この本がきっかけになればと思っています。

Q:この本で、「ロケーションテック知っています」「ロケーションテックやっています」と言えるか言えないかの分岐点にもなりうるものではないかと思うが、この本自体の反響はどうだったのか?

 吉村:出版時には様々な反応があるな、と感じました。 私の知っているアーリーアダプター層の中でも、出版自体をご存じない方もいて、出版の件をお伝えしたら、ネットですぐ電子書籍版をご購入された方もいらっしゃいました。アンテナが高い方は情報収集のスピードも速いです。また、購入者は地理空間情報業界に精通している方だけではありませんでした。色々な分野に関心を寄せている方々にとっても、興味を持っていただけているものだということを実感した点でもありました。

Q:サービスを単に売るというわけではないとのことだが、こういったサービスを活用してどういった社会にしていきたいと思うか?

 樋田:「ロケーション×○○」をやることで、今まで見えてなかった人の動きや、変えられなかった物事が変えられるようになる、あまりうまくいってなかったことがうまくいくようになる、この可能性を大いに秘めていると思っています。人流やロケーションは基本オフラインの人の動きなので、網羅的にわかる方法が今までなかったと思います。そこに様々な業界の情報やニーズを掛け合わせていくことで、色々な課題解決に繋がっていくと、思っています。例えばまちの再開発で「あるもの」を配置する場合、この「あるもの」をどのように配置すれば人の動きが改善されるのだろう、ということを考えるために行っている三井物産との都市シミュレーターの取り組みや、チラシ配布等でも、一律一斉に配布するというよりは、もう少し位置情報を活用して動的に捉えて、より欲しい人・届けたい人に適切に届ける、など、オフラインの人流でこれまであまり見えてなかったところに、色々な異なる業態同士がデータを掛け合わせていくことによって、今まで手が届かなかった分野の課題が解決できるようになるというのを感じており、この化学反応に面白みを感じて日々この業務に取り組んでいます。

 吉村:この本は、KDDIの事例ばかりではなく、有識者の記事も掲載しています。学者の視点で「こういったことが出来る」とロケーションテックを語っています。例えば、早稲田大学大学院の入山章栄先生ですが、先生は我々のサービスを全く触ったことがなく、学者の立場から「ロケーションテック」そのものについて語っています。KDDIのサービスに関係なくロケーションテック全体を俯瞰的にみていただいて、世の中にどういった効果を生み出すのかなど、アカデミックな視点で様々な見解を述べていただいています。これは、「ロケーションテック」を業界に特化せず、広く知っていただきたい・使っていただきたいという私共の思いがここにも込められています。

Q:最後にこの記事の読者に一言。

 吉村:「データを使ってどれだけ面白いことが出来るか」、それをより多くの業種を事例として紹介したいと思いこの量の事例を集めました。私が一番お伝えしたいのは、ロケーションテックの市場は今拡大の一途であり、それに気づいていただきたい。その為の一冊だと思っています。まったく関係ない業界でも、この本を手に取っていただき、「あ、自分の業界でこの事例は使えそうだ」と思っていただければ嬉しいです。
 この本を作る際にも、私共のサービスを初期の頃から利用してくださるお客様にお声がけをした経緯があります。自分達が提供しているサービスがお客様にどのように使われているのかも当初理解しておりませんでしたし、お使いになるお客様側も色々思考を巡らせたのではないかと思います。このようなお客様たちと二人三脚で形にできたものを本に掲載できたと実感しております。

 樋田:ロケーションテック自体が可能性を秘めているものだと確信しています。普段のちょっとした気づきにおいて「こういった課題が解決するといいな」と思う場面があります。その一つ一つをお客様と一緒に解決したいと思い、事例の網羅性や業界の種類をできるだけ多くしたのは、少しでもたくさんの方々に気づいていただきたかったからです。この本がそのような課題解決の着想を得るのに役に立ったら嬉しいです。

書籍情報: Amazon   楽天books 


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(2022年12月メールマガジン掲載)